竹を編む

最終更新: 2019年9月12日

9月8日、一戸町の延原さんのところを訪ねた。

今度は、ザルを編んでいるところだという。


一戸町の鳥越地区は古くから、スズ竹を使って編んだ竹細工の産地だ。

細いスズ竹で編んで、縁の芯は真竹で、その上からスズ竹で巻く。今回は、マタタビで巻いたという。


スズ竹は数年から数十年に一回花が咲いて、枯れるという。

ここ数年地域のスズ竹が一斉に花を咲かせてしまい、材料不足が懸念されている。



まっすぐに伸びた細いスズ竹が美しい。



古くから地域で材料を採取して、農家の人々が農作業の合間に作ってきた。出来上がったものを背負って売り歩いたり、中には農家から買い取ったものを専門に売り歩く人もいたという。


時代が進み、日本は1954年あたりから高度経済成長期となる。経済性、利便性が高い石油製品が出始めると、それにとって代わるようになり、次第に使われなくなってゆく。


昭和63年発行のいわての手仕事という書籍には、竹細工ではないが、面岸地区の“箕づくり”について、現在12名のものが作っており、今後地域や行政に後継者や販売のバックアップを期待したいと書かれてある。昭和63年は1988年で、バブル経済の真っただ中である。今から30年ほど前でも、すでに存続が危ぶまれている。

延原さんの家は、てしごとの工房になっている。


岩手のてしごとの中でも、浄法寺の漆塗りや南部鉄器、岩谷堂箪笥などの工芸品として高く評価されているものは注目も高く、国や県から手厚く保護されている。しかし、より身近な生活の道具として使われていた民具は、安価な代替品に取って変わり、また手間暇がかかる割には、販売価格が安いなど、作り手の課題や後継者不足などに悩まされている。




貨幣経済が進むにつれて、お金という価値の基準に当てはまらないものは、どんどん淘汰されていく。


てしごとは豊かで厳しい自然の中から生まれた。


そこに宿る精霊に静かに語りかけながら、一つひとつ編んでゆく、人と自然の共同作業である。


美しい てしごとを手にした時、私たちは、昔の人々の営みや想いを感じ取ることができるのではないか、 太古から私たちの祖先が暮らしてきた様子に思いを巡らすことで、今を精一杯生きられるのではないか、そんな風にぼんやりと思った。


延原さんのインスタグラム↓

https://www.instagram.com/minaoshi/?hl=ja

箕の製作依頼はこちらから↓

minaosi@icloud.com

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