私たちの中の縄文性


神楽の巡行が終わり、フィルムが現像から戻ってきたので、東京で暗室にこもり写真をプリントした。

できあがった写真は少しみてもらった。

震災後、郷土芸能が地域コミュニティーという視点で見直されてきたんだよね、と言われた。


岩手・雫石の写真家 奥山淳志さんは、東北の祭礼を撮った作品で伊奈信夫賞を受賞した。

「あたらしい糸に」というタイトルの作品の冒頭に文章が書かれている。

http://atsushi-okuyama.com/cn35/pg634.html#d1

奥山さんは、「まだ見ぬ遠い世界」や「憧れ」を見つけることではなく、東北の同世代を生きるものとして、形骸化

した祭礼が、人々によって新しい世界と物語をつむごうとしているのではないかという。

確かにそこに縄文性を含んでいる。

例えば、神や霊魂が海と山とを行き来する二次元的な世界観のことだ。

縄文文化とは1万5千年前から、日本列島で展開した狩猟・漁撈・採集の文化。

紀元前10世紀後半になると、朝鮮半島から水稲耕作の文化が伝わり、九州北部で弥生文化が成立する。

しかし、北海道など海辺の人たちは、弥生農耕文化を積極的に受け入れず、狩猟漁撈や手工業生産に特化する

ことで、農耕民と交易をし、弥生人とのあいだで、補完的な分業体制を構築することになる。

特に東北地方は、非耕民の縄文的生業に特化することで、縄文の習俗や縄文語としてのアイヌ語地名、縄文人の形

質的特徴をとどめてきたという。

時代が変わり、外面的な形が変わっても、そこには太古の記憶がとどまっている。

結局は、僕はいったいそこに何をみたいのか、何を見るべきなのかという根源的な問いなのだ。



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